ぜひ、このブログを読んでくれた読者のみなさんに、

 

知っておいてほしい、少林寺拳法の言葉があります。

 

 

少林寺拳法をされていないみなさんにも、

 

知っておいてほしい言葉でもあります。
 

 

「力愛不二」「拳禅一如」という言葉です。

 
【拳禅一如】

 

 「拳」は肉体を、「禅」は精神を意味します。

 

身体と心は別々のものではなく、互いに影響を及ぼす一体の ものです。

 

 

 少林寺拳法では、身体と心を、どちらかに偏らせる

 

ことなく、バランスよく修養します。

 

 

 

【力愛不二】

 

 慈悲心や正義感に溢れていても、力がなければ誰かの

 

役に立ったり、助けたりすることはできません。

 

 

 また、どれだけ力があっても、誇りや信念がなければ、
正しい力の使い方はできません。

 

 

力と愛、理知と慈悲の調和こそ、少林寺拳法の行動規範です。

 

 

ここで、「不二」と「一如」の違いを説明します。

 

図で表すとこんな感じになります。
↓↓↓↓↓↓

 
「二つにあらず」「一つの如し」ということになります。

 

 

 
ここで、ポイントがあります。
 

 

順番ですが、「禅」と「拳」が先立つものである

 

ことに注意してください。

 

 

 
このことは、開祖宗道臣も法話の中で触れたことがあります。
 

 

 

「拳」が先にあり、実行することが先なのです。

 

目標設定をするときでも、行動に移しながら、
ターゲットを定めます。

 

 

 
メンタル面(禅)のことは、それからにしましょう。
 

 

 

なぜ、そんなことをあえて言うかというと、

 

アタマの中だけが先行して、行動が全然伴わない人が、
多いからです。

 

 

 
だから、「拳禅一如は、拳が先だ」そう、宗道臣も

 

述べるのだと、思います。

 

宗道臣は「構わないから、出過ぎるぐらい、やってみろ!」と、言いました。

 

「悪いことはしない」程度のいい人を目指さず、「かなりの癖があろうと、できるやつ」な方が世の中での必要価値は高いはず。

 

 

「マジメでおとなしいから、いい人」なのだろうか?

 

それなら、最初から居ても居なくても、いいんじゃない?

・・・と、言うわけです!!

 

 

価値は勝ち、という言葉がある。世の中に価値を与えた方が勝ちなのです。

 

成功者の「サイコパス性」が注目を集めているという情報を最近、ネットで知りました。

 

「サイコパス」とは、反社会的な人格の一種を意味する心理学用語で、精神病質者とも訳されます。心理学と脳科学の最先端、サイコパスの真実【白熱教室】より

 

 

サイコパスとは?wikipedia

 

サイコパスは社会の捕食者(プレデター)であり、極端な冷酷さ、無慈悲、エゴイズム、感情の欠如、結果至上主義が主な特徴で、良心や他人に対する思いやりに全く欠けており、罪悪感も後悔の念もなく、社会の規範を犯し、人の期待を裏切り、自分勝手に欲しいものを取り、好きなように振る舞う。その大部分は殺人を犯す凶悪犯ではなく、身近にひそむ異常人格者である。北米には少なくとも200万人、ニューヨークだけでも10万人のサイコパスがいると、犯罪心理学者のロバート・D・ヘアは統計的に見積っている

 

 

彼らは後先のことなど考えない。行動が先にあり、そのあとに考えるのだ。

 

これは極端な事例ですが、「他人が自分に対して、どう思うかなんて考えたことねぇよ」と、昔、入院した時に隣にいた患者さんが、言っていましたが、まさにそれです。

 

 

「空気を読む」・・・といいましょうか?みんな周りに対して、
気を使いすぎているのかもしれません。

 


みなさんは、「法」を犯さなければ良いのであって、
自分の体験を通して「汚れている」「このままではいけないな」と思ったら、

 

思うだけではなくまず行動に移しましょう。

 

周りに迷惑かけたり、自分が間違っていたら、自然と分かります。
やってみる前から、最初にそう考えるのではなく、言動で表現してみるのです。

「正しいことは、正しい」「悪いことは、悪い」と、はっきりと、言える正しい勇気と思いやりを目指すのです。