少林寺拳法と父の生き方
僕の父は、市役所職員(地方公務員)をしながら、少林寺拳法の道場を運営していました。
これは少林寺拳法の教えに基づく生き方です。
少林寺拳法には、
「正職を持ち、会社でサラリーマンをしながら道場長として普及に努めなければならない」
という理念があります。そのため、父は「少林寺拳法で稼いでいるわけじゃねぇんだ」という
自負を持っていました。
しかし、時代は変わりました。今の社会では「プロとは、それで食べていける人」という見方が強く、二足のわらじを履くことが少林寺拳法の価値を下げるように思われることがあります。
このジレンマについて、僕の考えを述べていきます。
プロとアマチュアの違い
まず、「プロ」と「アマチュア」の違いを整理しましょう。
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プロフェッショナル:その活動で収入を得て生活している人。
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アマチュア:趣味や副業として活動し、収入が主な目的ではない人。
例えば、野球選手であれば、プロ野球選手はそれで生計を立てていますが、
草野球の選手は別の仕事をしながら野球を楽しんでいます。
だから、プロ選手は「プロ」として認められやすいのです。
しかし、武道や伝統文化では少し事情が違います。
少林寺拳法の「プロ」とは?
少林寺拳法では、技術を教えるだけでなく、「人間としての成長」や「社会貢献」を大切にします。そのため、道場長が別の仕事を持つことは、
「武道は生活の一部であり、人間形成の手段である」
という理念に基づいているのです。
父にとって、市役所職員として働きながら道場を運営することは、
少林寺拳法の精神そのものでした。
だからこそ、
「俺は少林寺拳法で飯を食ってるわけじゃない。
でも、それが少林寺拳法のあるべき姿なんだ」
と胸を張っていたのでしょう。
時代の変化と新たな価値観
とはいえ、現代では「専門性の高さ=プロフェッショナル」と見なされる風潮があります。
武道でも、専業で道場を経営している人のほうが「プロっぽい」と評価されやすいのが現実です。
「二足のわらじ」を履く生き方が「中途半端」と見られることもあります。
しかし、本当にそうでしょうか?
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本業と武道を両立することは、むしろ高度なスキルの証明では?
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お金を稼ぐことだけが、プロフェッショナルの条件なのか?
僕は、
「プロとは、その道にどれだけ真剣に向き合っているか」
で決まると思っています。
父は、市役所の仕事も道場の指導も、どちらも全力で取り組んでいました。
だからこそ、周囲から尊敬され、多くの弟子が慕っていました。
つまり、
「収入の多寡ではなく、どれだけ真剣に取り組んでいるか」
こそが、本当の「プロフェッショナル」なのです。
二足のわらじの価値を伝える
今の時代、少林寺拳法のような伝統文化を広めるためには、価値観のアップデートが必要です。そのために、
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道場やSNSを活用し、「二足のわらじ」の価値を発信する
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「プロ」と「アマチュア」の境界を問い直す活動をする
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仕事をしながら武道を続けることの意義を伝える
ことが大切だと考えています。
お金を稼ぐことだけがプロの条件ではない。
むしろ、
「どれだけ真剣に取り組み、その価値を社会に還元しているか」
こそが、プロフェッショナルの本質です。
僕の父の生き方が、それを証明していると思います。
まとめ
・父は、市役所職員として働きながら、少林寺拳法を広めていた。
・現代では「プロ=専業」と見なされることが多い。
・しかし、少林寺拳法の理念では「二足のわらじ」こそが理想の生き方。
・プロとは「収入の多さ」ではなく、「どれだけ真剣に取り組んでいるか」。
・この価値観を広めることで、少林寺拳法の新しい可能性が開ける。
お金を稼ぐことだけがプロではない。
僕は、父のように「本当のプロフェッショナル」を目指していきたいと思います。
二足のわらじとプロフェッショナルのジレンマ
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